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大阪高等裁判所 昭和26年(ラ)15号 決定

抗告人 千葉美子

右代理人弁護士 臼杵敦

相手方 千葉正一、千葉久子、千葉一吉、千葉みどり

右一吉、みどり法定代理人親権者母

千葉さと

主文

原審判を取り消す。

本件を神戸家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告理由は末尾に添えた即時抗告の申立と題する書面に記載したとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

遺産は各共同相続人間において相続分の割合で分割さるべきもので相続分の割合で分割するというのは遺産の評価額に対する各共同相続人の取得する財産の価額の割合が相続分に相当することをいうのであるから、原審は先ず遺産の評価額を認定した上これを相続分の割合(抗告人三分の二、相手方三分の一)で分割すべく遺産を組成する個々の財産を何人に分与するかは民法第九〇六条所定の一切の事情を考慮して定むべきものであるのに、原審判によるときは、原審が遺産の評価額をいくらと認定したのか、相手方に分与する財産の評価額が遺産の三分の一にあたつているか否か不明であるので、原審判には理由不備の違法があつてその取消を免れないものといわなければならない。従つてこの点に関する抗告人の主張はその理由があるので爾余の抗告理由についての判断を俟たず家事審判規則第一九条第一項に従い主文のとおり決定する。

即時抗告の申立

兵庫県○○郡○○村○○ ○○○○○番地

抗告人 千葉美子

神戸市○○区○○ ○丁目○○番地

右代理人弁護士 臼杵敦

兵庫県○○郡○○村○○ ○○○○番地

相手方 千葉正一

右同所

相手方 千葉久子

右同所

相手方 千葉一吉

右同所

相手方 千葉みどり

右同所

右一吉、みどり法定代理人親権者実母 千葉さと

右当事者間の神戸家庭裁判所昭和二十四年(家)第四一号遺産分割請求事件に付昭和二十五年十二月十五日付神戸家庭裁判所の審判が昭和二十六年一月二十六日抗告人に送達せられたところ抗告人は不服であるから家事審判法第一四条に則り即時抗告に及ぶ次第であります。

原審判

主文

相手方(抗告人)は申立人等四名(相手方)に対し別紙第四目録記載の不動産及び動産類を引渡せよ。

申立人等(相手方)その余の請求はこれを却下する。

申立費用は五分しその一を申立人等四名(相手方)の負担としその余を相手方の負担とする。

抗告の趣旨

原審判を取消す。

申立人等(相手方)の請求を棄却する。

申立費用は申立人等(相手方)の負担とする。

との御決定を求める。

抗告の理由

一、審判の理由は主文の拠つて来れる事実を具体的に明かにする必要あるものと思料する。

民法第九〇六条に考慮してこれをすると言う意味は単に頭で考えるとの意味ではなく、遺産分割に当りて財産額を算定する場合に物又は権利の種類等を参酌して遺産の算定をなすべきことを明らかにしたるものと思料する。原審判の如く(一)から(六)迄の各事項と……とを考慮して各鑑定の結果を合せ考えた丈では法律を適用したことにはならぬものである。考慮すると言うなら審判も固より考慮の一形態であろうから法律が敢えて財産分割に付考慮してと言う文字を条文化する必要はないものと思料する。抽象的なる法文を具体的に適用するのでなければ審判理由としては理由不備である如何なる権利を幾何に見積し如何なる理由に依り幾何を差引勘定するというのでなければ民法第九〇〇条の相続分の規定に三分の一とか三分の二とか算数上の数字で規定を設けたのか意味をなさない。

要するに原審判理由では本件相続財産が何程あるのか如何なる価額に如何様にして算定されたのか如何なる権利を如何に加減計算したのか全然判明しない。鑑定人をして煩雑なる鑑定なさしめたる価額は本件相続財産の算定に如何に加味されているか全然不明にして、単に鑑定の結果を合せ考えたとの極めて抽象的漠然たる理由説明をなしているのであるが、主文には申立人等が赤字印を付したる請求通りを認容しているのである。

相続法に関する註釈書物並立法趣旨を説明せる書物は何れも可成面倒な位に数字を以て遺産分割の説明をなしているが、審判の実際が原審判の如き算数を離れて「考慮」に依つて足るものならば算数計算は相続法には必要なきものとなるであろう。

二、田畑の価額は各々其の賃貸価額の割合に比例するもの山林原野の価額も又その賃貸価額に比例するが、その毛上の価格も考慮に入れられるものとの原審理由であるが原裁判所は本件の山林田畑の価額を何程と認定したのであるか判文中判読も出来ない。而も原審判では民法第九〇六条に則り権利の種類を考慮すべきものと認定はしているけれども主文に表はされた附録第四目録記載の田地の中大字○○○○○番六畝二十一歩大字○○○○○番六畝十一歩及畑八畝十九歩は抗告人が自作せる田畑であり之は抗告人の如き田地三段七畝十七歩畑二段二畝二十九歩を自作せる小農に取りては死活に懸る財産分割であるが右抗告人の耕作権は如何に考慮して如何なる価額に算定したのか判示していないのである。従つて原審判は此の点に於ても審理を尽さざりしか又は漠然考慮したる理由不備の審判であるから更めて審理をなし具体的に之等の点を明かにすべきものと思料する。

三、原審判は理由(三)(四)に申立人等が本件相続財産たる立木を売却し二千円及び三千円を取得していることを認定しているけれども唯考慮したのみ判示し本件相続財産の価格に如何程加減算定をなしたか具体的に明示して居らないのであるが此の点も前述の如く如何に考慮したか具体的に明示せねばならないものと思料する。

四、原審判理由中(六)として公祖公課等二万七千五百六十五円は民法第九〇六条に規定がないから差引せぬと言うのか通常の必要費であるから差引きせぬと言うのか原審判は此の点明瞭でないばかりでなく前敍の如く原審判は(三)(四)に於て申立人等が毛上を売却してその代価を取消したことを認定し乍らその物の保存の為めの通常の必要費であるから差引して相続財産を計算しないと言うことは何としても条理に違反する事実認定である。換言すれば抗告人は公祖公課を支払い収益は申立人が取得すべきものと言うことは費用は他人に出捐させて利益丈を取得して宜しいと言うことになり修理に違反し吾人の常識と著しく離反した事実認定であつて失当たるを免れない。

五、原審判は別紙第三目録記載の物件を証人小野栄一、中津治両名の証言により千葉さとが之を単独で亘から贈与せられたものと認定して証人前田誠及抗告人本人訊問の結果を排斥したのである。

(I) 然るに原審は(二)として民法附則第三一条の規定の趣旨から右物件は申立人等四名の扶養も考慮されたのだから遺産分割に当りては考慮さるべきものと述べ前後矛盾せる事実認定をなしている。然し乍ら民法附則第三一条は分家のため贈与せられた財産は民法第九〇三条の適用についてはこれを生計の資本として贈与された財産とみなすと規定するとも考慮すべきものとも規定していないのである。

証人小野栄一、中津治は千葉さとが四人の子供を連れて分家するので財産分けをしたと証言して居るのであつて千葉さと及申立人等四名の生計の資本として別紙第三目録記載の物件が贈与せられたことは明白であるから原審理由の如く扶養の点を考慮すべきものでなくして其の贈与されたる財産の中千葉さとの分を除き少くとも五分の四は民法第九〇三条に則り相続財産に加えて計算したる上遺産分割をなすべきものである。

況んや右物件は申立人千葉正一名義に登記されて居るに於ておやである。

然るに原審は申立人千葉正一名義に登記されて居る事実を卒直に認めず之を曲げて千葉さと一人に贈与された財産であるが名義丈千葉正一に登記されたものと曲げて事実認定をなしたるのみならず民法附則第三一条の解釈を誤り「みなす」と規定せられたる条文を考慮すべきものと解釈したる二重の誤を犯しているのである。

宜しく原審判を取消し別紙第三目録記載の物件中千葉さとの分は除き申立人等四名の生計の資本となれる五分の四は本件相続財産に加算して遺産の分割をなすべきものである。

(II) 要するに

(イ) 千葉さとが四人の子供を連れて分家するため亡亘より贈与された別紙第三目録記載の物件を原審が千葉さと一人に贈与されたものと認定したのは社会通念に反する事実認定である。且証人小野栄一、中津治の証言の片言には合致しているけれども該証言の全趣旨と符合して居らない。

(ロ) 右物件は千葉さと分家当時申立人等四名は幼少で各々単独では生活し得なかつたので之等の生活費が必要であることは何人も承知の上で贈与された財産である。

(ハ) 千葉さと及申立人四名が分家するに当り贈与された右物件中千葉さと名義に登記された財産はなく申立人千葉正一名義に登記せられているのであるから此の事実は卒直に認めねばならない。

(ニ) 申立人等四名は右第三目録記載の財産に拠り今日に至る迄現実に生活して来て居るのである。

(ホ) 民法附則第三一条には民法第九〇三条の適用についてはこれを生計の資本として贈与された財産とみなすと規定せられて考慮すべきものとは明示されて居らず且又遺産分割について考慮すべきものとの趣旨を該法条から抽出することは法律解釈上不可能である。

(ヘ) 原審が一方に於て千葉さと一人に別紙第三目録記載の物件が贈与されたるものと認定して置き乍ら他方に於て申立人等扶養の点を考慮して贈与されたものと事実の認定をなし前後矛盾せる認定をなし明かに理由に齟齬がある。

敍上の理由に依り原審は事実を誤認せること明白であつて別紙第三目録記載の物件は千葉さと及申立人等四名が分家の為め贈与された財産であると認定してこそ前後矛盾することなき妥当なる事実認定が出来法文に適合する説明が出来るのである。

此の点に於て原審は審理を尽さず事実を誤認したる憾あり且法律解釈を誤りたる違法があるから原審判を取消し更に証人調をなす等御審理を尽したる後民法附則第三一条並民法第九〇三条の条文に適合する様前敍の如く事実認定相成るべきものと思料する。

六、原審審理中に於ては証人等の中には千葉亘の財産を受継ぐ者が他家より来れる抗告人なることに不満を懐く者多く他家より入り来れる抗告人に財産を取られる位なら寧ろ千葉貫一の血を承けたる申立人等に少しでも多く財産を取らせ様とする気配濃厚であつた為原審審判官の御心証にも影響を及ぼしたかとも想像せられるけれども千葉家の先祖を祭り先祖伝来の家産を維持するため亡千葉亘の先々代千葉正吉の親族安部家より昭和二十五年十二月二十七日安部武夫氏入婿して抗告人と結婚し千葉家を継ぐこととなつたので原審に於て千葉家親族の杞憂したる先祖との縁切れは解消し円満なる空気を醸出すに至つたのである。

従つて原審審判の如き抗告人の自作田畑を農地調整法第四条の規定の精神に反して迄も自活出来ない程度に減縮せしめる審判(原審判では自作田地三段七畝余が約二段四畝に自作畑二段二畝余が一段四畝余に減縮せしめられることになる)は現今の農村の実情に適合しない審判であるのみならず千葉家を滅亡に導かんとするものであつて千葉家親族の現在に於ける総意に反しているのである。

七、以上を要するに原審判は相続財産を幾何に算定して如何なる権利を幾何に計上して加減算定して如何なる方法に依り遺産分割をなしたのか不可解で審判理由から主文の拠つて来れる所以は具体的に明かならず理由不備にして且民法の解釈を誤り審理を尽さず事実を誤認せる違法あるを以て到底抗告人の得心し得ざるものであるから原審判を取消し更に御審理の上抗告の趣旨記載の御審判を求むるため本抗告に及びたる次第であります。

証拠方法

一、千葉さと分家のため贈与されたる財産に関し

証人 安部杉作

〃  葉山直

〃  千葉三郎

〃  山中太郎

二、抗告人自作田畑耕作権に関し

抗告人本人 千葉美子

証人    千葉武夫

附属書類

一、別紙第四目録

二、委任状 一通

昭和二十六年二月八日

神戸市○○区○○○丁目○○

右抗告人代理人弁護士 臼杵敦

大阪高等裁判所民事部 御中

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